内藤剛志の妻の真相|帽子デザイナーの顔写真と病気・死別誤報の全貌

内藤剛志の妻の真相|帽子デザイナーの顔写真と病気・死別誤報の全貌

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内藤剛志の結婚歴は一度のみであり、離婚歴や再婚歴のない初婚同士です。二人の物語は、内藤が役者としての足がかりすら掴んでいなかった、10代後半の予備校時代まで遡ります。

当時、芸術系大学への進学を目指して都内の予備校街で机を並べていた二人は、自然な形で意気投合しました。映画や舞台、音楽への造詣を語り合うなかで交際がスタート。文学座附属演劇研究所や劇団青年座などを経て役者の道を志したものの、20代の内藤は鳴かず飛ばずの歳月が続きます。エキストラ同然の端役ばかりで、電気やガスが止められることすら日常茶飯事という過酷な極貧生活でした。

そんな生活苦のなか、二人は1982年、内藤が27歳のときに正式に入籍を果たします。世間から見ればあまりに無謀な船出でしたが、妻は嫌な顔ひとつせず、自らの帽子デザイナーとしての稼ぎを家計に注ぎ込み、赤貧にあえぐ夫の生活基盤を一身に支え抜きました。

当時の様子について、内藤剛志は過去の回顧インタビューで率直な言葉を残しています。「オーディションに落ち続けて腐りかけていた自分に対し、妻は一度たりとも『役者を辞めて就職して』とは言わなかった。『あなたが面白いと思う芝居だけをやりなさい』と背中を押し続けてくれた」と。生活の不安から焦燥感に駆られがちな若手を、自らの経済力と精神力でどっしりと受け止めた妻の存在。内藤剛志という名優の土台は、下積み時代の妻の献身と揺るぎない覚悟によって築かれたのです。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。