辻内崇伸の名が日本中に轟いたのは、大阪桐蔭高校3年時の2005年夏でした。甲子園の準々決勝・東北高校戦で見せた奪三振ショー、そして準決勝の駒大苫小牧戦で叩き出した最速156キロは、当時の高校生左腕の常識を根底から覆す異次元の投球でした。1回戦の春日部共栄戦では毎回の19奪三振を奪うなど、球史に残る大記録を打ち立てています。
当時の大阪桐蔭はまさに黄金期であり、同級生には後に中日ドラゴンズの主砲として活躍する平田良介、1学年後輩には高校通算87本塁打を放ちプロでも打点王に輝く中田翔が在籍していました。強力無比なチームメイトたちと切磋琢磨した日々は、辻内自身の投球を極限まで研ぎ澄ませる原動力となっていました。