法令上は同じ施設でありながら、なぜ日本社会には「美容院」と「美容室」という2つの呼称が定着したのでしょうか。その背景には、明治から昭和にかけて日本の美容業界が辿った独自の近代化プロセスが存在します。
近代以前の日本では、女性の髪結いを行う場は「髪結床(かみゆいどこ)」と呼ばれていました。明治末期から大正時代にかけて欧米の美容技術やコスメティクスが流入すると、単に髪を結うだけでなく、スキンケア、マッサージ、美顔術、ネイルケア、着付けなどを総合的に提供するハイカラな施設が誕生します。これらを創始した草分け的な美容家たちが掲げたのが「美容院」という名称でした。
当時は医療機関である「医院」や「病院」の連想から、「院」という文字に専門的な学問・高度な技術が集約された権威ある機関という響きがありました。容姿の悩みを根本からケアする総合美容クリニックのような格式高いニュアンスを持たせて命名されたのが「美容院」の原点です。
転機が訪れたのは昭和30年代以降の高度経済成長期です。電気パーマ機の普及やヘアスタイルの洋風化に伴い、街中にパーマやカットを中心とする施術特化型の店舗が急増しました。この頃から、総合的な施設を連想させる大掛かりな「院」ではなく、プライベート感や洗練された小部屋、アトリエを連想させる「室(サロン・ルーム)」を採用する店舗が増加し、「美容室」という呼び名が急速に全国へ浸透していきました。
さらに平成から現在にかけては、英語圏の表現を取り入れた「ヘアサロン」という呼び方が定着し、現在では「美容室」「ヘアサロン」が若年層を中心とする主流表現となっています。