断酒に成功した岡八郎を待っていたのは、度重なる肉体の不調でした。急性膵炎、胃がんの手術、そして脳梗塞による半身麻痺。満身創痍となりながらも、彼の胸には「もう一度なんばグランド花月の板を踏む」という執念が燃え続けていました。
2003年、芸歴45周年を記念する特別公演として、ついになんばグランド花月(NGK)の舞台に奇跡の復帰を果たします。杖をつき、言葉にわずかなつっかえを残しながらも、娘の岡さとみや盟友たちと並び立ち、「くっさー!」の咆哮を轟かせた瞬間、超満員の劇場は地鳴りのような拍手と涙に包まれました。復帰の真相とは、単なる芸能界のイベントではなく、自らの弱さと病魔に打ち克った一人の表現者が命を削って届けた魂の叫びだったのです。
晩年は名前を「岡八朗」と改名して前向きに活動を模索していましたが、2005年7月26日、肺炎のため大阪市内の病院で67年の生涯を閉じました。ネット上では「アルコールによる肝不全や自死ではないか」といった根拠のない憶測が飛び交うこともありましたが、公式発表および主治医の診断が示す直接の死因は肺炎です。極度の衰弱と長年の闘病に耐え抜いた末の、静かな旅立ちでした。