ひみつ道具「バイバイン」の基本構造は、一見すると極めて魅力的かつ無害な薬品として提示されます。瓶に入った液体を対象の物体に1滴垂らすと、5分ごとに数が2倍に分裂・倍増するという極めてシンプルな効力を持っています。この道具が登場するエピソード『バイバイン』において、発動の引き金を引いたのは、のび太の「栗まんじゅうを1個食べてしまえば無くなるが、食べながら増やし続ければ永遠に食べられるのではないか」という刹那的な思いつきでした。
ドラえもんは道具を渡す際、「残さず全部食べなければ大変なことになる」と明確に警告を発していました。しかし、のび太は増殖のスピードを甘く見積もり、1個が2個、2個が4個、4個が8個と増えていく過程で、自身の胃袋のキャパシティをあっけなくオーバーしてしまいます。友人のジャイアンやスネ夫、しずかちゃんを招集して消費を試みるものの、すでに倍加速度は人ひとりの咀嚼能力を完全に凌駕していました。
藤子・F・不二雄氏が描いたこのプロットの恐ろしさは、「悪意を持った敵」が存在しない点にあります。純粋な食欲と怠慢、そして事態の過小評価という日常の些細な隙間から、取り返しのつかない破滅のカウントダウンが静かに、かつ冷徹に進行していく点こそが、読者に言いようのない恐怖を植え付けました。