三木のり平のキャリアを語る上で、名女優・森光子とのコンビネーションは外せません。1961年の初演以来、日本演劇界の金字塔となった舞台『放浪記』(菊田一夫作)において、のり平は演出・潤色を一手に引き受けました。
本作の代名詞となった林芙美子の「喜びのでんぐり返し」も、のり平と森光子の徹底したディスカッションから生まれた演出でした。のり平の演出方針は極めてリアリズムと観客心理に立脚しており、「悲劇の主人公だからといって終始泣いていては客が引く。哀しいときほど、人間はおどけてみせるものだ」という信念に基づき、森光子の演技から過度な湿り気を削ぎ落としました。
舞台稽古では妥協を許さない厳格な演出家として知られ、役者の立ち位置、声の抑揚、視線の配り方に至るまでミリ単位の指示を出したと伝えられています。名優たちが口を揃えて「のり平先生の演出を受けると、自分が一段上の役者になったように錯覚する」と語った通り、役者の魅力を極限まで引き出す魔術師でした。