石村萬盛堂を語る上で欠かせないのが、博多の年中行事と職人の創意工夫が織りなす濃厚な歴史物語です。すべての原点は、初代・石村善太郎が抱いた「無駄をなくし、新たな美味しさを生み出したい」という情熱にありました。
博多では当時、特産の鶏卵を使った素朴な菓子が作られていましたが、卵黄を使うとどうしても卵白が余ってしまっていました。「この余った卵白を活かせないか」と苦心を重ねた初代が出会ったのが、当時日本に入ってきたばかりの洋菓子技術「マシュマロ」でした。卵白を泡立てた純白のマシュマロで、風味豊かな黄味あんを包み込む——和と洋の奇跡的な融和から生まれたのが、かの有名な銘菓「鶴乃子」です。
そして昭和52年(1977年)、三代目・石村善悟氏の着眼点が日本中の年中行事を塗り替えます。少女雑誌の投書欄にあった「男性からバレンタインのお返しがないのは不公平。ハンカチでもマシュマロでもいいからお礼がほしい」という一文に着目。「君からもらったチョコレートを、僕の純白の優しさ(マシュマロ)で包んでお返しするよ」というコンセプトを掲げ、福岡の老舗百貨店・岩田屋とともに1978年3月14日にスタートさせたのが「マシュマロデー」でした。これがのちに全国飴菓子工業協同組合らと連動し、現代の国民的イベント「ホワイトデー」へと発展していったのです。
さらに、同社と博多の絆を決定づけているのが、博多祇園山笠との関係です。博多区上川端町にある本店は、過酷な「追い山」のフィニッシュ地点である「廻り止め(まわりどめ)」の真横に位置しています。毎年7月15日の早朝、全速力で駆け込んできた舁き山笠が豪快に駆け抜け、タイム計測が行われるその瞬間、全国中継のテレビカメラは必ず石村萬盛堂の看板を映し出します。かつて本店に勤務し、CMでも親しまれた昭和の名コメディアン・故小松政夫氏をはじめ、博多っ子にとってこの場所は単なる和菓子店ではなく、街の魂が宿る聖地そのものなのです。