貞子という怪異を世界レベルのアイコンへと押し上げた最大の功労者は、特殊メイクでもCGでもなく、人間離れした身体のコントロールを見せた初代女優・伊野尾理枝です。彼女が画面に刻み込んだ動きの生々しさは、四半世紀を過ぎても色褪せることがありません。
伊野尾理枝は、日本の前衛芸術を牽引した麿赤兒主宰の舞踏カンパニー「大駱駝艦」の出身であり、極限まで肉体を統制する身体表現のプロフェッショナルでした。映画『リング』で監督を務めた中田秀夫は、幽霊を単なるグロテスクな怪物ではなく「この世の物理法則から外れた異物」として描くため、舞踏のメソッドを取り入れました。
名シーンとして名高い「井戸からテレビを越えてすり抜けてくる場面」では、伊野尾理枝が実際に後ろ向きで不自然に関節を折り曲げながら歩いた映像を、編集段階で「逆再生」するという演出が採用されました。人間が前進するときには絶対に生じない重心の移動や、骨が逆方向に噛み合うかのような不気味な足取りは、卓越した舞踏技巧と先鋭的な映像技法が融合して生まれた奇跡的な映像表現だったのです。
なお、最後の瞬間に大写しになる「まつ毛のない見開かれた目」のカットについては、助監督を務めていた男性スタッフの目を特殊メイクで撮影したものであることが後年スタッフの回顧録で明かされています。つまり、初代貞子は「伊野尾理枝の超絶的な肉体」と「計算し尽くされた編集技術」が合体して産み落とされた芸術作品でした。
伊野尾理枝の現在について調査すると、映画のメガヒット後も商業主義に流されることなく、独自の芸術表現を貫いていることがわかります。振付家・ダンサーとして国内外の舞台作品に携わり、次世代のパフォーマーへの身体指導を継続。2020年代以降もダンス公演や実験的な舞台芸術への参加を続けており、孤高の表現者として健在の姿を見せています。