中島歩のパーソナリティを語る上で欠かせないのが、類まれなるその出自です。彼は教科書にも名を連ねる明治の文豪・国木田独歩の玄孫(やしゃご)にあたります。独歩の次男であり、彫刻家としても名を馳せた国木田虎雄の血筋を引いており、代々芸術や表現への深い理解がある家系に生まれ育ちました。
家族構成は父親、母親、そして中島歩本人を含む構成で、家庭内には常に文学や芸術に対する自然な親しみがあったといいます。両親から「独歩の子孫であることを鼻にかけるな」と自戒を促されて育てられた彼は、学生時代には落語研究会に所属するなど、日本語の響きや古典芸能に対する探究心を独自に深めていきました。
俳優デビュー時、偉大な文豪の子孫という看板はメディアにとって格好のフックとなりましたが、中島歩自身は安易にその話題に依存することを潔しとしませんでした。自らの実力で役を勝ち取り、血筋という記号を演技力で上書きしてきた姿勢に、両親から受け継いだ凛とした矜持が宿っています。