梅宮辰夫氏の医療記録は、まさに「がんと医学の進歩の歴史」そのものでした。30代半ばから晩年に至るまで、彼は合計6回もの悪性腫瘍に襲われながらも、強靭な精神力と高度な外科手術によってその都度乗り越えてきました。
最初のがん発症は1974年(当時36歳)、俳優として絶頂期を迎えていた時期の睾丸腫瘍(精巣がん)でした。病変はすでに肺に転移しており、当時の医療水準では「余命数か月」と宣告される絶望的な状況でした。しかし、当時最先端だった抗がん剤治療(化学療法)を敢行し、奇跡的な寛解を勝ち取ります。その後、2016年には黄疸をきっかけに十二指腸乳頭部がんが見つかり、胃の一部、十二指腸、胆嚢、膵臓頭部を切除する12時間超の大手術を受けました。
さらに2018年9月には前立腺がん、同年には転倒の傷口の精査から初期の皮膚がんを治療。決定打となったのは2019年1月に判明した尿管がんでした。左側の腎臓と尿管を全摘出する手術を受けましたが、これによって体内に残された腎臓は右の1基のみとなりました。度重なる抗がん剤の副作用や加齢、手術の侵襲によって右腎の機能も急速に低下し、2019年3月より週3回、1回あたり4時間におよぶ人工透析を受けざるを得ない身体となっていました。