時計の針を1972年に巻き戻そう。大手外資系チェーンが銀座など一等地に華々しく進出し、日本のファストフード業界に激震を走らせていた時代だ。櫻田慧氏をはじめとする創業メンバーが選んだ舞台は、都心の目抜き通りではなく、東武東上線の成増駅前にあったわずか2.8坪の八百屋の倉庫跡だった。
これが現在も語り継がれる成増店(モスバーガー1号店)の誕生である。潤沢な資金もなければ、華やかな知名度もない。あるのは「本当においしいものを提供すれば、お客様は必ず分かってくれる」という信念だけだった。注文を受けてから一つひとつ丁寧に作り上げる「アフターオーダー方式」は、効率至上主義が席巻していた当時の常識を根底から覆す挑戦だった。狭小店舗のカウンター越しに交わされた温かな挨拶とできたての温もりが、全国へ広がる奇跡の出発点となった。