結論から言えば、山下清はおにぎり専門の愛好家ではありませんでした。放浪中、空腹を満たすために民家へ立ち寄り、残飯や握り飯を分けてもらった経験自体は事実ですが、本人が好んで選んでいたわけではありません。
このパブリックイメージを決定づけたのは、1980年から約17年間にわたり放送されたドラマ『裸の大将放浪記』です。主演を務めた芦屋雁之助氏の熱演と、脚本を手がけたスタッフによる「誰からも愛される素朴な放浪者」としてのキャラクターメイキングが、日本中に「山下清=おにぎり」という構図を定着させました。
劇中で多用された「野に咲く花のように」というテーマ曲や、「お、おにぎりが食べたいんだな」という印象的な言い回しは、ドラマオリジナルの脚本が生み出した名フレーズです。実際の山下清の手記である『放浪日記』をめくっても、物乞いをする際におにぎりを名指しで懇願するような記述は見当たりません。
旅の途中で人々に乞うたのは、あくまで「その家にある食べ物」であり、当時の農村部で最も手軽に旅人へ振る舞えたのが、冷や飯を握ったおにぎりでした。つまり、おにぎりは「清の好物」だったのではなく、「当時の日本人が最も手渡しやすい人情の形」だったという側面が浮かび上がります。