映画『今夜、世界からこの恋が消えても』の爆発的ヒットを語る上で欠かせないのが、韓国マーケットにおける前例のない熱狂です。公開からわずか41日で観客動員数80万人を突破し、最終的に118万人を動員。これは2000年代以降に韓国で公開された日本の実写映画としては『Love Letter』(岩井俊二監督)に匹敵する歴史的な快挙となりました。
なぜ現地のZ世代、とりわけ10代から20代の若年層はここまで熱烈に道枝駿佑演じる「神谷透」に惹きつけられたのか。その背景には、現地のカルチャー消費動向と独自の受容構造が存在します。
第一に、韓国国内のコンテンツ市場がサスペンス、ノワール、過酷なリアリズムを追求した復讐劇などで飽和していた時期に、徹底して純度の高いクラシックな純愛劇が投じられた点です。前向性健忘を患ったヒロイン(福本莉子)を献身的に支え、自らの運命を受け入れながら微笑む透の姿は、多くの観客にとって失われつつあった「純文学的なノスタルジー」として鮮烈に映りました。
第二に、韓国現地のファンダム文化とSNS拡散の相乗効果です。現地メディアでは道枝のビジュアルと切ない演技が「狂いそうなほど魅力的」という意味を込めて「ミチゲッタ俊佑(미치겠다 슌스케)」という造語で報じられました。TikTokやInstagramでの切り抜き動画やイラスト投稿が爆発的に拡散され、普段は日本コンテンツに触れないライト層までもが劇場に押し寄せる循環が生まれたのです。
現地での熱狂を受け、2023年1月にソウルで行われた来日記者会見と舞台挨拶では、道枝本人が次のように率直な感謝を口にしています。
「韓国の皆さんがこれほど温かく迎えてくださるとは想像もしていませんでした。透という役が国境を越えて皆さんの心に届いたことを、役者として生涯忘れられない誇りに思います」(当時の現地プレスカンファレンスより)
さらに、ヨルシカが手掛けた主題歌「左右盲」の叙情的なメロディと、透の喪失感をなぞる歌詞世界が映像と完璧に融合。音楽チャートでもロングヒットを記録し、映画本編の感情的余韻を何倍にも増幅させる原動力となりました。