古代の神話や宗教体系を紐解くと、神の名前には一貫して「安易に口にしてはならない秘密の力」が宿っていると信じられてきました。これが文化人類学や宗教学で論じられる「真名(トゥルーネーム)信仰」です。名前を知ることは、その対象の本質や弱点を完全に掌握し、意のままに支配・使役する権利を得ることを意味していました。
代表的な事例が、古代エジプト神話における太陽神ラーと魔術の女神イシスの逸話です。老境に入った最高神ラーの唾液と土から毒蛇を生み出したイシスは、蛇に噛まれて苦しむラーに対し、「解毒してほしければ、誰も知らない真実の名を明かせ」と迫りました。激痛に耐えかねたラーが胸に秘めた真名をイシスに譲り渡した瞬間、神々の王としての絶対的な主権の一部がイシスへと移行したと伝えられています。
日本においても、古代から「言霊(ことだま)思想」が深く根付いていました。『古事記』や『日本書紀』において、神名はその神が司る自然現象や職掌を直接表す呪的言語として機能しています。例えば、人格神として現れる以前の原初の神々には、世界の生成過程そのものを記述した極めて長い神名が与えられており、名を唱える儀礼自体が世界秩序の追体験を意味していました。