80年代初頭のメディア環境を牽引していたのが、月刊誌『明星(現・Myojo)』や『平凡』といった2大アイドル雑誌でした。毎号のように巻頭カラーを飾る水着企画は、アイドルの人気バロメーターそのものであり、読者にとっても最大の関心事でした。
中森明菜の水着グラビアは、1982年のデビューから1983年の『1⁄2の神話』『トワイライト -夕暮れ便り-』あたりまでの誌面に集中しています。特筆すべきは、他のアイドルが原色系の派手なビキニを着用することが多かったのに対し、明菜はパステルカラーや白、ストライプといったシンプルで上品なデザインを好んで選んでいた点です。
現場スタッフの証言によれば、当時から衣装の色味やポージングに対して自身のこだわりをしっかりと持っており、「ただ露出するのではなく、写真としての美しさを意識していた」と振り返られています。