デビュー後、順調にキャリアを積み重ねていたように見えた山口君と竹田君ですが、活動期間は数年と短く、70年代後半には惜しまれつつもデュオとしての活動に終止符を打ちました。
当時、ファンの間では「メンバー間の不仲説」や「突然の蒸発説」といった様々な憶測が飛び交いましたが、実際の解散の真相はより現実的かつ音楽的な問題に根ざしていました。当時の関係者の証言や時代背景を検証すると、主に以下の2つの要素が大きな要因であったことが浮き彫りになります。
第一に、音楽シーンの急激な産業化・ポップス化です。1970年代中盤以降、フォークミュージックは大衆化に伴い、テレビメディアを中心とした派手な演出やコマーシャリズムと密接に結びつくようになりました。アコースティックギター一本で素朴な情景を紡ぐという彼らの本来のスタンスと、レコード会社や芸能界が求める商業的ヒットのプレッシャーとの間に生じたギャップが、次第に活動の継続を難しくしていったと考えられます。
第二に、表現者としての方向性の違いと個々の人生設計です。若くして脚光を浴びた2人は、デュオとしての枠組みにとどまらず、それぞれの音楽的関心や将来の生き方を模索する段階に入っていました。無理に商業的なユニットとして延命するのではなく、最も美しい輝きを残した状態で活動を終えるという、誠実な決断こそが解散の背景にありました。