頭蓋内圧の上昇がさらに進み、脳組織が物理的に押し出される「脳ヘルニア」の直前段階に達したとき、生体防御反応として現れる決定的なバイタル変化が「クッシング現象(Cushing phenomenon)」です。救急救命や集中治療の現場において、この兆候の出現は一刻の猶予も許されない「超緊急事態」を意味します。
クッシング現象のメカニズムは、脳幹(特に延髄)への血流低下に対する最終的な循環代償反応です。頭蓋内圧が極限まで上昇すると、脳に血液を送り込むための脳灌流圧(CPP = 平均動脈圧 - 頭蓋内圧)がゼロに近づき、脳全体が重篤な虚血状態に陥ります。これに反応した延髄の血管運動中枢は、交感神経を激しく興奮させて末梢血管を極限まで収縮させ、何としてでも脳に血液を押し込もうと収縮期血圧を200mmHg以上へと急激に上昇させます。
一方で、急激に跳ね上がった血圧を感知した頚動脈洞や大動脈弓の圧受容器は、心臓の過負荷を防ぐために副交感神経(迷走神経)を介して心拍数を落とそうとします。これにより、脈拍が1分間に40〜50回台へと落ち込む「徐脈」が誘発されます。すなわち、「著しい高血圧」と「徐脈」、そして延髄の呼吸中枢圧迫に伴う「不規則な自発呼吸(チェーン・ストークス呼吸や失調性呼吸)」の3拍子が揃った状態こそが、頭蓋内圧亢進におけるクッシング兆候の正体です。
この段階に至ると、脳ヘルニアの前兆として瞳孔不同(片側の瞳孔散大)、対光反射の消失、急速な意識レベルの低下(JCS II〜III桁、GCS 8点以下)、刺激に対する除皮質硬直や除脳硬直が出現します。数十分から数時間以内に不可逆的な脳死、あるいは心肺停止へと至る極めて切迫した危険水域です。