事件が起きたのは、1908年6月30日の現地時間午前7時17分頃のことでした。現場となったポドカメンナヤ・ツングースカ川流域は、人を容易に寄せ付けない過酷なタイガ地帯でした。ツングースカ大爆発の被害状況は凄まじく、爆心地を中心とする約2,150平方キロメートルの範囲で、推定8,000万本もの針葉樹が一瞬にして外側へ放射状になぎ倒されました。
爆心地から南西に約60キロメートル離れたヴァナヴァラ交易所では、住民のセミョーン・セミョノフ氏が当時の異様な光景を証言しています。「北の空が真っ二つに裂け、森の木々の上空全体が火で覆われた。その瞬間、着ていたシャツが焼け落ちるのではないかと思うほどの猛烈な熱波に襲われ、次の瞬間には見えない巨大な力で数メートル後ろの地面へ叩きつけられた」という手記が残されています。また、現地の先住民族であるエヴェンキ族の遊牧民キャンプでは、突風によってテントが吹き飛ばされ、数百頭のトナカイが一瞬で命を落とすなど、極めて甚大な被害が記録されました。
この衝撃波は、当時のユーラシア大陸各地に設置されていた地震計や気圧計に明確に記録され、ロンドンやポツダムの気象台でも大気圧の急激な変動が確認されました。さらに爆発後数夜にわたり、ロンドンやパリ、サンクトペテルブルクなどでは夜中でも新聞が読めるほど空が明るく輝く「明夜(夜光雲)」現象が観測され、国際的な怪異として大きく報道されたのです。