薩長同盟締結の直後、京都・伏見の旅籠で発生した「寺田屋事件」において、龍馬は伏見奉行所の捕吏に襲撃され、両手親指を深く負傷する重傷を負いました。この危機を脱した際、裏で決定的な役割を果たしたのが薩摩藩です。
お龍(のちの妻)の機転で脱出した龍馬は材木小屋に潜伏し、三吉慎蔵の知らせを受けた伏見薩摩藩邸から直ちに救援部隊が出動。西郷の指示のもと、厳重な警戒態勢が敷かれた薩摩藩邸へと匿われました。この経緯について龍馬は、兄・権平に宛てた書簡の中で「薩摩の情義、骨に染み入り候」と書き残しており、藩邸内での手厚い医療手当と護衛に深く感謝しています。
さらに西郷と吉井友輔の勧めにより、龍馬とお龍は薩摩へと渡り、霧島の温泉地で療養生活を送りました。これが日本最初の新婚旅行と称される旅であり、西郷と薩摩藩が龍馬に対して注いだ情誼の深さを物語る確かな史実です。