ネット上で風林会館を検索すると、サジェストワードに「事件」や「ヤクザ」といった物々しい単語が並びます。こうしたダークな印象の根源には、1990年代から2000年代初頭にかけて発生した複数の暴力事件が存在します。
象徴的なのが、2002年にビル1階の喫茶店(パリジェンヌ)で発生したチャイニーズドラゴンおよび暴力団関係者による発砲・殺傷事件です。当時の歌舞伎町は、多国籍マフィアの台頭と地元組織の衝突が繰り返され、警察白書でも国際犯罪の最前線として注視されていました。「風林会館=アンダーグラウンドの火薬庫」というパブリックイメージは、この時期のメディア報道によって決定づけられたと言えます。
当時の報道特別番組や捜査関係者の証言録を振り返ると、事件当夜の緊迫した様子が次のように語られています。
「深夜の歌舞伎町に響いた乾いた銃声で、街の空気は一変した。硝煙の匂いとサイレンが渦巻く風林会館前は、まさに映画の世界そのものだった」
しかし、2004年に東京都と警視庁が主導した「歌舞伎町浄化作戦」を契機に、街の構造は根本から作り替えられました。防犯カメラの街頭大量設置、不法滞在者や違法風俗店の徹底摘発、ビルの出入り口における警備強化が進んだ結果、かつての凶悪犯罪多発エリアとしての危険度は大幅に低下しました。現在の風林会館は、過去のダークな残影を文化的アイコンとして昇華させつつ、法秩序が確立された都市型レジャービルへと生まれ変わっています。