1950年代から60年代にかけて、日本映画界は空前の活況を呈していた。その中心地の一つであった映画会社「大映」の京都撮影所で、若き日の二人は運命的な出会いを果たす。名門・鴈治郎家の血を引く中村玉緒と、長唄三味線方の名匠の家に生まれた勝新太郎。伝統芸能のDNAを宿した二人が惹かれ合うのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
当時の大映京都撮影所には、端正な二枚目として絶大な人気を誇った市川雷蔵が君臨していた。勝新太郎にとって市川雷蔵は無二の友であり、同時に越えられない壁のように立ちはだかる最大のライバルでもあった。雷蔵の繊細で完璧な美学に対し、勝は泥臭く野性味あふれる独自の演技スタイルを模索し続ける。その苦悩と挑戦の過程を、誰よりも近くで見守り、鼓舞し続けたのが中村玉緒だった。