1985年8月12日午後6時12分、羽田空港を離陸した大阪(伊丹)行き日本航空123便(ボーイング747-100SR型機)は、伊豆半島沖の上空約7,200メートルに達したところで突如として過酷な試練に見舞われた。「ドーン」という激しい衝撃音が機内に響き渡る。直後、機内の気圧が急減少し、油圧系統が全滅した。
油圧を失った大型旅客機は、舵(かじ)の制御能力を一切奪われることを意味する。機長の高濱雅己氏を中心とする運航クルーは、左右エンジンの出力を微調整し、フラップの操作を試みながら、制御不能に陥った巨大機を必死にコントロールしようとした。フライトレコーダーが記録した「迷走の32分間」。富士山上空から大月上空、そして山岳地帯へと流されながらも、乗組員は最期まで諦めることなく空にとどまろうと格闘を続けたのである。