逮捕後、家庭裁判所の決定により少年Aは関東医療少年院へと送致された。そこでは専門の医師や教官による徹底的な精神医学的治療と矯正教育が試みられた。精神鑑定では重度の歪んだ性的嗜好や人格障害的傾向が指摘され、通常の少年院とは異なる特別な治療プログラムが組まれたとされる。
数年間にわたる収容生活の中で、少年Aは自身の犯した罪に向き合い、内省を促す教育を受け続けた。2004年に仮退院が認められ、翌2005年には正式に保護観察が終了。凶悪犯でありながら10代後半から20代前半という若さで社会に戻ったプロセスは、犯罪被害者団体や世論から激しい批判を浴びた。「凶悪な犯行に対して処罰が軽すぎるのではないか」という憤りは、少年法という法律そのものの存在意義を大きく揺さぶることとなった。