羽野晶紀の結婚生活を語る上で避けて通れないのが、元彌の母であり「セッチー」の愛称で強烈なキャラクターを放った和泉節子との関係性です。2002年の婚約発表会見から、宗家を取り仕切る絶対的存在としての姑と、現代的なタレントである嫁という対比構造は、格好のメディアの標的となりました。
伝統芸能の世界における「梨園の妻」には、家柄、礼儀作法、一門の後援会対応など、目に見えない無数の掟が存在します。関西の自由な劇団出身である羽野にとって、宗家の厳格な規律と過密なスケジュールへの適応は過酷を極めました。一部の報道では「姑からの厳しい指導」「台所に立てない孤立」などが面白おかしく書き立てられ、世間には「嫁姑の冷戦」というイメージが定着することになります。
しかし、近年の関係者の証言や舞台裏の取材からは、まったく異なる構図が見えてきます。羽野は和泉流の伝統を無理に全て背負い込もうとせず、自身ができる範囲のサポートに徹し、外部の芸能活動を継続することで自尊感情を保ち続けました。節子側も、羽野が2人の子供を立派に育て上げ、狂言の稽古に真摯に向き合わせる姿を見て、次第に一人の母親・表現者として敬意を払うようになったとされています。盲目的に従属するのではなく、適切な「心理的・物理的距離感」を確立したことこそが、決定的な破綻を防いだ知恵でした。