映画シリーズは映画史に残る傑作である一方、興行尺の都合上、原作の極めて重要なテーマや伏線が多数削ぎ落とされました。なかでもファンの議論を呼び続けているのが、ヴォルデモートの正体と最期の経緯です。
映画『死の秘宝 PART2』のクライマックスでは、ヴォルデモートは灰のように崩れ去り、大気中へ消滅する視覚的演出が取られました。しかし、原作小説においてJ.K.ローリングが描いた最期は全く異なります。彼の死体は「単なる凡庸な死骸として床に転がり、冷たくなっていった」と克明に描写されているのです。
自身を神のごとき絶対者と信じ、永遠の命を求めて魂を八つ裂きにしたトム・リドル。彼の最期が「人間誰しもが迎える無力な死体」として晒されたことにこそ、物語の最大の教訓が込められていました。映画の派手な消滅劇はカタルシスを生んだ半面、原作者が意図した「死の平凡性」という文学的深みを覆い隠してしまった側面は否定できません。
また、死の秘宝が選ばれた決定的な理由についても大きな乖離が存在します。ハリーが最終的にニワトコの杖をへし折って谷へ捨てる映画版に対し、原作のハリーは自分の折れた「ヒイラギの杖」をニワトコの杖で完全に修復したのち、杖を本来の持ち主であるダンブルドアの墓へ丁重に戻しました。「強大な力による支配」を自ら手放し、日常の少年に戻るというハリーの人間的成熟の描写は、原作を読んだ者にしか味わえない感動の頂点といえます。