日本国内で「トルコはヨーロッパではないのか」という認識が広く浸透した決定的な背景には、スポーツ中継の影響があります。サッカー日本代表がアジアカップを戦う際、トルコが対戦相手として登場することは決してありません。トルコ代表は1962年以来、一貫してUEFA(欧州サッカー連盟)に所属しているからです。
このUEFA加盟理由には、単なるスポーツの枠組みを超えた国家戦略が存在していました。第一次世界大戦後にオスマン帝国が崩壊し、近代トルコ共和国を建国した初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクは、国家の近代化モデルとして徹底的な「西欧化(世俗主義)」を掲げました。政教分離を進め、文字をアラビア文字からラテン文字へと改め、法制度もスイスやドイツに倣うなど、国家全体をヨーロッパの枠組みへ押し込む大改革断行の歴史があります。
サッカー界においても、興行的価値が低く移動距離の制約が大きかった初期のアジアサッカー連盟(AFC)ではなく、世界最高峰のクラブやスター選手が集まる欧州の舞台へ挑むことが、競技力強化と国家イメージの向上の両面で極めて有益だと判断されました。現在ではガラタサライやフェネルバフチェといったトルコの強豪クラブがUEFAチャンピオンズリーグで西欧のビッグクラブと日常的に対戦しており、市民の熱狂もヨーロッパのサッカー文化と完全に同調しています。
同様の事例はトルコだけではありません。カザフスタン(国土の大半が中央アジア)やイスラエル(中東地域に位置するが政治的対立からAFCを離脱)、旧ソ連圏のアゼルバイジャンやジョージアなどもUEFAに籍を置いています。スポーツの世界における地域区分は、自然地理学の境界線よりも、歴史的経緯や経済的メリット、政治的安全保障が優先される現場のリアルを象徴しています。