多くの視聴者が涙した『火垂るの墓』ですが、原作者である作家・野坂昭如にとって、この作品は決して美しい感動の物語ではありませんでした。執筆の根底にあったのは、終戦前後の極限状態において「妹を見殺しにして自分だけが生き残ってしまった」という痛切な自責の念です。
1945年、戦局の悪化に伴い生活が困窮を極める中、当時14歳だった野坂は養妹の面倒を見る立場にありました。しかし、映画の清太のように献身的に妹へ寄り添い続けることはできず、飢餓と疲弊から幼い妹の口に入るはずだったわずかな食糧を自ら口にしてしまったといいます。野坂は晩年のインタビューや証言でも、「妹の泣き声を疎ましく思い、頭を叩いて黙らせた」「自分が妹を飢え死にさせた」と語り、その記憶が生涯消えない傷となって心に居座り続けたことを明かしています。
小説『火垂るの墓』は、美化された兄の姿を描くことで、現実の自分が果たせなかった妹への贖罪と、二度と取り戻せない命に対する魂の叫びとして生み出された作品でした。