「人種のるつぼ」はなぜ死語に?サラダボウルとの違いと米国の深層

「人種のるつぼ」はなぜ死語に?サラダボウルとの違いと米国の深層

「人種のるつぼ」はなぜ死語に?サラダボウルとの違いと米国の深層の真相について、最新情報を基に徹底解説します。

アメリカにおける人種統合モデルの変遷は、同国の移民政策の歴史そのものと分かちがたく結びついています。18世紀末の建国当初から19世紀にかけて、移民は無制限に受け入れられていたわけではなく、初期の帰化法では市民権の対象を「自由な白人」に限定していました。

決定的な転換となったのが、1924年に制定された移民法(いわゆるジョンソン=リード法、排日移民法)です。この法律は、国籍ごとの年間移民割当数を1890年の国勢調査人口の2%に制限し、アジア系移民を全面的に排除するとともに、南欧・東欧系移民の流入を激減させました。この時代に国家が目指したのが、まさに「白人プロテスタント社会への強制的な同化」であり、そのプロパガンダ装置として「人種のるつぼ」の言説が都合よく利用されたのです。

潮目が劇的に変わったのは、1965年の移民国籍法(ハート=セラー法)の成立でした。人種・国籍による差別的な国別割当枠が撤廃され、家族の呼び寄せや高度な職業技能を重視する枠組みへと根本から刷新されました。この法改正以降、アジアや中南米からの移民が爆発的に増加し、アメリカの人口動態は決定的に塗り替えられました。白人が圧倒的多数を占めていた時代が終焉を迎えたことで、もはや「単一の型に溶かす」同化政策は物理的にも倫理的にも破綻し、多文化主義への転換を余儀なくされたのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。