ネット検索で「桑の実」と入力すると関連キーワードに「危険」「毒性」が並び、不安を覚える人は少なくありません。調査報道の視点から植物毒性データや農林水産関連の知見を検証すると、「完熟した実そのものに危険な毒性はない」というのが確固たる結論です。ではなぜ、これほどまでに否定的な噂が定着したのでしょうか。そこには3つの客観的な理由が存在します。
第1の理由は、未熟な実(青や赤色の段階)に含まれる成分です。桑の未熟果には有機酸とともに微量のアルカロイド類似成分が含まれており、これを一度に大量摂取すると消化不良、胃痛、嘔吐、あるいは一時的な神経興奮や幻覚症状に似た不調を招くリスクが指摘されています。熟す前の硬い実に手を出してはいけないという戒めが、いつしか「桑の実そのものが危険」という極端な言説にすり替わった形です。
第2の理由は、農薬散布と生育環境のリスクです。昭和中期まで日本各地に存在した養蚕用の桑畑では、蚕の病気予防や害虫駆除のために薬剤が散布されるケースがありました。また、現代においても河川敷や公園、道路沿いの桑の木には自治体による除草剤散布や排気ガス汚染のリスクがつきまといます。素性の分からない野生の木から安易に摘んで口にすることへの衛生的な警告が、「食べてはいけない」というフレーズの背景にあります。
第3に、民俗学的な「生活の知恵」も見逃せません。農村社会において、蚕の餌である桑の葉は農家の死活問題に関わる貴重な換金作物の源泉でした。子供たちが桑の実目当てに木に登って枝を折ったり、桑畑を荒らしたりするのを防ぐため、親世代が「あの実には毒があるから食べてはだめだ」と言い聞かせた歴史的背景が各地の伝承に残っています。
なお、食品安全の観点から忘れてはならないのが「クワ科アレルギー」の存在です。特に白樺やイネ科の花粉症を持つ人、あるいはラテックス(天然ゴム)アレルギーを持つ人の場合、交差反応によって口腔アレルギー症候群(唇の腫れ、喉の痒み)を発症する可能性があります。初めて口にする際は、ごく少量から様子を見ることが不可欠です。