「寿司屋で出てくる濃い緑のお茶は粉茶である」という知識を持つ人は多いはずです。しかし、近年の実情を取材すると、老舗江戸前寿司と大手回転寿司チェーンの間で、提供されているお茶の正体に劇的なパラダイムシフトが起きています。
まず、昔ながらの寿司割烹や本格的な江戸前寿司店で出される「あがり」は、正真正銘の「粉茶(こなちゃ)」です。寿司職人の手元を観察すると、底に細かい網(メッシュ)が張られた専用の急須や筒型茶こしを用い、熱湯を注いでわずか数秒で湯呑みに注ぎ分けています。なぜ寿司店が何十年も粉茶を選び続けてきたのか。理由は明確です。寿司はマグロやサーモン、穴子など脂の乗ったネタを連続して食します。粉茶は茶葉の表面積が広いため、熱湯を注いだ瞬間にカテキンとカフェインが爆発的な速度で浸出し、舌に残った魚の生臭さや脂の油膜を綺麗さっぱり洗い流してくれるのです。また、煮沸したての熱湯で一気に淹れることで、熱いお茶として提供できる点も、冷たい握りを食べた後の口内リセットに適しています。
ところが、全国展開する大手回転寿司チェーンのカウンターを観察すると事情が全く異なります。卓上に置かれているのは小瓶に入った緑色の粉末と、給湯ノズルです。客自らがスプーンで粉を湯呑みに入れ、直接お湯を注いでマドラーで溶かします。この卓上のお茶の正体は、粉茶ではなく「粉末緑茶(または粉末玄米茶ブレンド)」です。
SNSやネット掲示板の相談スレッドでは、「回転寿司のお茶が美味しかったので、スーパーで『粉茶』を買ってお湯に入れたら、ドロドロの葉っぱが浮いてきて喉に詰まりそうになった」という悲惨な失敗談が定期的に投稿されます。これは、卓上で溶かして飲む手軽な粉末緑茶の体験を「寿司屋のお茶=粉茶」という言葉の先入観で買い求めてしまった典型的な悲劇です。急須を洗う手間を省き、茶殻の廃棄コストをゼロに抑えたい外食産業の合理化が、粉末緑茶の卓上配備を定着させた背景があります。