日本一画数の多い漢字として必ず名が挙がるのが、合計84画という途方もない構造を持つ「たいと(「だいと」「おとど」とも)」です。この文字は、上部に「雲」を3つ、下部に「龍」を3つ配置したもので、文字全体のバランスはもはや一つの精巧な家紋や幾何学文様を思わせます。
大修館書店が誇る金字塔『大漢和辞典』全13巻の編纂において、この文字がどのように扱われたのか。文献を紐解くと、昭和初期の編纂過程で集められた膨大な資料の中で、ある証券会社の古い顧客名簿に「たいと」という苗字を持つ人物が実在したという伝聞が発端となっています。当時、辞書編纂に携わった関係者のメモには「姓氏として実際に使われていた稀少字」として記録が残されていたものの、戸籍の電子化が進んだ現代の公的記録や法務省の戸籍統一文字データベースにおいて、現存する戸籍上の苗字として実存する確証は得られていません。
文字学の専門家による調査では、この文字は江戸時代以前の民間信仰や修験道、あるいは易学の中で「雲を呼び龍を従える」という極限の瑞祥(めでたい兆候)を表す記号として生み出された符牒が、転じて屋号や私的な家名として一時的に名乗られた可能性が極めて高いと分析されています。法的に正式登録された戸籍姓ではないにせよ、日本人の言葉に対する祈りと遊び心が産み落とした「日本一画数の多い漢字」の象徴として、現在も書道家や漢字研究者の心を捉えて離しません。