青い天球の中央を横断する白い帯には、緑色のブロック体で「ORDEM E PROGRESSO(秩序と進歩)」と記されています。国旗の中央に政治的スローガンが直接刻まれている例は、世界中の国旗を見渡しても極めて珍しい部類に入ります。この言葉の選定には、当時のブラジル知識層を熱狂させていたある哲学思想が決定的な影響を与えています。
その思想とは、19世紀フランスの社会学者・哲学者であるオーギュスト・コント(Auguste Comte)が創始した「実証主義(ポジティビズム)」です。コントは、人類社会が神学的段階、形而上学的段階を経て、最終的に科学と理性が支配する実証的段階へと進化すると説き、その核心として次の有名な命題を掲げました。
「原理としての愛、基礎としての秩序、目的としての進歩(L'amour pour principe et l'ordre pour base; le progrès pour but)」
国旗の意匠を起草したライムンド・テイシェイラ・メンデスは、ブラジル実証主義協会の中心人物でした。彼は混迷を極めた帝政末期のブラジルを救い、近代的で合理的な国家を建設するための指針としてコントの言葉をそのまま国旗に刻み込むことを提案しました。
ここで多くの歴史家が注目するのは、コントの原本にあった「原理としての愛(L'amour)」が削ぎ落とされ、「秩序と進歩」の2要素だけが抽出された点です。当時の臨時大統領デオドロ・ダ・フォンセカ将軍をはじめとする軍部エリートにとって、国家統合と急速なインフラ近代化を進める上で「情緒的な愛」よりも「社会の秩序維持」と「経済的進歩」こそが至上命題であった現実が生々しく投影されています。情緒を排し、冷徹なまでの近代化路線を突き進もうとした黎明期ブラジルの国家意志が、この短い文言に刻み込まれているのです。