「そつなくこなす」を漢字で書く場合、正統な語源に基づく漢字表記は「卒無くこなす」または「卒なくこなす」である。辞書や国語辞典を紐解くと、「そつ」の項目には漢字として「卒」が当てられている。しかし、日常の入力環境において「拙なくこなす」という誤った変換候補やネット上の誤表記を目にする機会は驚くほど多い。
なぜ「拙」という漢字が使われてしまうのか。拙なくこなす誤用理由を言語構造から分析すると、主に2つの心理的トラップが存在する。第1に、「拙い(つたない)」や「拙速(せっそく)」のイメージから、「拙(つたな)い部分が無くやり遂げる」という勝手な意味づけを脳内で行ってしまう点だ。第2に、「せつ」という音読みが濁音化や口語の変形によって「そつ」と結びついてしまった錯覚である。「拙」という文字自体には「下手・愚か・要領が悪い」という意味しかなく、「そつ」と読ませる根拠は日本の漢字文化において一切存在しない。
さらに、動作部分である「こなす」に「熟す」の漢字を当てた「卒なく熟す」という表記も見受けられる。これは「技術を自分のものにしてうまく処理する」という意味の「熟す(こなす)」を充てたものだが、後述する公用文の観点からは極めて過剰な当て字と見なされる。難解な漢字を無理に重ねることは、知的に見せるどころか、読み手に対する配慮を欠いた悪手となりかねない。