「趣味を仕事にできたらどんなに幸せだろう」という淡い期待は、現場の厳しい洗礼によって脆くも崩れ去ることが珍しくありません。実際に「好きなことで生きていく残酷な現実」を突きつけられた当事者たちの証言は、極めて痛烈です。
都内のデザイン制作会社を辞め、長年の夢だったフリーランスのイラストレーターとして独立した30代男性の手記には、次のような生々しい苦悩が綴られています。
「自分の描きたい絵を描いて暮らせると思っていたのは最初の一ヶ月だけでした。実際に受注できたのは単価数百円から数千円のアイコン制作や、細部にわたる無茶な修正指示ばかり。締め切りに追われるうち、あんなに愛していたはずのペンタブを握るだけで激しい動悸と吐き気が走るようになり、最終的には絵そのものを見ることすらできなくなりました」
彼のように、好きなことを仕事にした人の末路と真相を取材すると、金銭的な困窮以上に「純粋な情熱の消失」に精神を病んでしまうケースが極めて多く見られます。好きなことを仕事にする後悔する理由として最も深刻なのは、自由を手に入れるつもりが、クライアントの要望や納期という別の不自由さに四六時中縛られる構造にあります。
趣味の領域では自分が神であり、描くものや作るものを100%コントロールできました。しかし、ビジネスの土俵に上がった瞬間、主導権はすべて「金を払う顧客」へと移ります。どれほど意に沿わない修正であっても、生活のために笑顔で引き受けなければならない現実に直面したとき、かつての愛着は苦痛へと転化してしまうのです。