爆笑問題のキャリアを語る上で避けて通れないのが、太田プロダクションからの独立に伴う不遇の時代である。仕事が一切なくなった数年間、太田光は自宅でひたすら映画を観て小説を書き、漫才のネタを研ぎ澄ませていたという。
そのどん底から二人を救い出し、芸能界での居場所を再構築したのが株式会社タイタンの設立であった。社長を務める太田光代の卓越したプロデュース能力と、太田・田中のコンビ愛が噛み合わさったことで、彼らは不死鳥のように蘇った。このどん底の経験こそが、流行り廃りの激しいお笑い界において、時代に左右されない揺るぎない軸を形成したと言える。