「能と歌舞伎はどちらが古いのか」という問いに対しては、能のほうが約250年古いというのが明確な史実です。
能の起源は、奈良・平安時代に大陸から渡来した「散楽(さんがく)」が民間の「猿楽(さるがく)」へと発展したことに遡ります。14世紀の室町時代、観阿弥・世阿弥(ぜあみ)の父子が足利義満の手厚い庇護を受け、芸術性の高い歌舞劇へと昇華させました。江戸時代に入ると徳川幕府によって「武家の式楽(儀礼用公式芸能)」と定められ、様式化と精神性の深化が進みました。現在まで実に約650年以上の歴史を紡いでいます。
一方の歌舞伎は、慶長8年(1603年)、京都の北野天満宮や鴨川の河原で出雲阿国(いづものおくに)が披露した「かぶき踊り」が発祥です。当時の流行語であった「傾く(かぶく=常識外れの派手な身なりや奇抜な行動をする)」を語源とし、庶民・町人のエネルギーを原動力として急成長しました。その後、風紀上の理由から女性の出演が禁じられて「野郎歌舞伎(男性のみの演劇)」へと移行し、女形(おんながた)という高度な様式美を磨き上げながら約400年の歴史を築いてきました。
つまり、「貴族・武士階層が洗練させた精神文化(能)」と、「江戸の町衆が熱狂した大衆娯楽(歌舞伎)」というバックボーンの違いが、それぞれの骨格を形成しています。