大久野島のうさぎ激減は本当か?毒ガスの歴史と現在の真相を現地追跡

大久野島のうさぎ激減は本当か?毒ガスの歴史と現在の真相を現地追跡

大久野島のうさぎ激減は本当か?毒ガスの歴史と現在の真相を現地追跡について押さえておきたい 事実を厳選して解説いたします。

大久野島を語る上で避けて通れないのが、昭和初期から第二次世界大戦終結に至るまでの暗黒の歴史です。1929年(昭和4年)、旧日本陸軍はジュネーブ議定書で既に使用が禁止されていた化学兵器の秘密製造拠点として、本土から孤立し隠蔽しやすいこの島を選定しました。東京第2陸軍造兵廠火工廠忠海製造所が設置され、猛毒のイペリット(マスタードガス)やルイサイト、くしゃみガスなどが終戦まで極秘裏に大量生産されました。

国家最高機密とされた大久野島は、参謀本部陸地測量部が発行する公式地図において、一帯が白塗りや周囲の海域と同じ扱いに修正され、文字通り「地図から消された島」となりました。工場で過酷な労働に従事させられた少年工や動員学徒たちは、防護服の不備などから慢性的な呼吸器疾患や皮膚障害に苦しみ、戦後も長きにわたり後遺症の痛みに苛まれ続けました。

1988年に開館した大久野島毒ガス資料館には、当時の製造工程を物語るセラミック製反応釜、防護服、作業指示書、被害者の証言パネルなどが保存・展示されています。入館料は一般・大学生150円、19歳未満無料という極めて手頃な設定ながら、突きつけられる歴史の現実は重く、来島者に深い思索を促します。

島内を散策すると、ツタに覆われた発電所跡や幹部宿舎跡、毒ガス貯蔵庫跡といった巨大なコンクリート遺構群が点在しています。青く穏やかな瀬戸内海と愛らしいうさぎたちの足元に横たわる「戦争の加害と被害の爪痕」に触れることこそ、大久野島を訪れる最大の意義と言えます。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。