八海山尊神社の根底に流れるのは、気の遠くなるような山岳信仰の歴史です。八海山そのものは、古くは役小角(役行者)や弘法大師空海が開山に関わったとの伝承も残る古代の霊山ですが、近世における本格的な開祖は江戸時代後期の行者・普寛阿闍梨(ふかんあざり)と泰賢行者(たいけんぎょうじゃ)の2名に遡ります。
普寛阿闍梨が木曽御嶽山を開いた後、弟子の泰賢行者とともに寛政6年(1794年)、険阻を極めた八海山への登攀に成功し、八海山信仰の基礎を確立しました。険しい岩峰が連なる山頂部はかつて命を落とす修行者も少なくなかった難所であり、山そのものが神仏の化身として畏怖されてきた背景があります。
本社である八海山尊神社は、過酷な峰入りを行えない里人や一般の信徒のため、霊峰の神霊を里近き山麓へ勧請した里宮としての重要な役割を担ってきました。祭神には国狭槌尊(くにのさづちのみこと)をはじめ、瓊瓊杵尊、木花咲耶姫尊、大山祇尊、日本武尊といった国土造成・山林守護に関わる重厚な神々が祀られています。神仏習合の修験道文化が今なお色濃く息づいており、神社でありながら不動明王や修験の祖師たちへの畏敬が境内の隅々にまで満ち満ちています。