明治期以前の日本において、コウノトリは全国各地の水辺に広く生息する身近な大型鳥類でした。しかし、明治以降の乱獲に加え、戦後の高度経済成長期に急速に進んだ農地整備(乾田化)や水銀系農薬・有機塩素系殺虫剤(DDTやディルドリン)の大量散布によって、主食であるドジョウやカエル、フナなどの小動物が水田から激減。食物連鎖の頂点に立つコウノトリの体内には化学物質が蓄積し、産卵しても卵殻が薄くなり孵化しないといった悲劇が相次ぎました。
1971年(昭和46年)、豊岡の空で最後の1羽が保護されたものの衰弱死し、日本の野生コウノトリは完全に絶滅。地域が深い喪失感に包まれる中、関係者たちの執念による「野生復帰プロジェクト」が本格始動しました。1985年に旧ソ連ハバロフスク地方から譲り受けた6羽の幼鳥をもとに人工増殖が試みられ、試行錯誤の末、1989年に国内初の人工孵化に成功。増殖技術の確立を経て、1999年に研究と教育を兼ね備えた中核機関として兵庫県立コウノトリの郷公園が開園しました。
特筆すべきは、2005年9月に実施された5羽の自然放鳥です。当時の関係者が「鳥を放つことよりも、鳥が生きていける環境を人間社会に取り戻すことこそが本質的な挑戦だった」と振り返る通り、豊岡市では農薬に頼らない「コウノトリ育む農法」を官民一体で推進。水田に冬期湛水(冬にも水を張る取り組み)を行うなどして年中餌場を確保する劇的な環境再生が行われました。行政、研究者、そして生活の糧である農業のやり方を根本から変えた地元農家の覚悟が結実し、2026年現在では全国各地の空で豊岡生まれの個体やその子孫が力強く翼を広げています。