風邪を引いた後に咳だけが8週間以上続く状態は、医学的に「慢性咳嗽(まんせいがいそう)」と定義されます。通常、医療機関では胸部X線撮影、呼気一酸化窒素(FeNO)検査、喀痰検査、アレルギー検査などを行い、肺炎、結核、肺がん、咳喘息、副鼻腔気管支症候群、胃食道逆流症(GERD)といった器質的疾患を特定します。しかし、すべての慢性咳嗽の精密検査で異常なしと判定され、標準的な治療薬が一切効かないケースが臨床現場で一定数存在します。
この器質的病変を伴わない咳の代表格が「心因性咳嗽」です。最新の心身医学および呼吸器病学の知見では、発症の根底に精神的ストレスや情動不安による自律神経系の失調が存在することが解明されています。強い緊張や抑圧された感情、過度な環境変化に直面すると、交感神経が過剰に興奮し、迷走神経(気道の感覚を司る神経)の感受性が異常亢進します。その結果、わずかな気道への刺激や喉の違和感(咽喉頭異常感)に対して脳の咳嗽中枢が過剰反応を起こし、激しい咳発作を誘発してしまうのです。
国際的な咳嗽ガイドライン(ACCP等の分類)においても、身体表現性障害の一種や「体感幻覚性咳嗽症候群(Somatic Cough Syndrome)」として再定義が進んでおり、単なる「気のせい」ではなく、中枢神経と気道過敏性がリンクした明確な生体反応であることが立証されています。