筆者はこれまでに何度も安井金比羅宮の境内に入り、定点観測と参拝者への聞き取り取材を重ねてきました。昼間は若い女性グループやカップル、観光客が絵馬を眺めながら談笑する光景が見られますが、境内の中央に鎮座する「縁切り縁結び碑(いし)」の前に立つと、空気の質が明らかに変わります。
碑の高さは約1.5メートル、幅約3メートル。中央に人が這ってくぐり抜ける円形の穴が空いていますが、その表面は無数の白い「形代(かたしろ=身代わりのお札)」で完全に覆い尽くされ、巨石本来の肌は見えません。風が吹くたびに数万枚の形代が一斉に擦れ合い、ザワザワと乾いた音を立てます。
実際に現地で奉納されている縁切り神社絵馬の書き方を観察すると、そこには現代人のリアルな苦悩が凝縮されています。ネット上のまとめ記事では「〇〇が死にますように」といった過激な呪詛ばかりが強調されがちですが、実態を精査すると約7割は以下のような内容です。
- 「元夫からの養育費未払いとストーカー行為が完全に終わりますように」
- 「職場のモラハラ気質な上司と関わらなくて済む部署へ異動できますように」
- 「自分自身のアルコール依存、過食嘔吐、ギャンブル癖と縁を切りたい」
- 「長年苦しんできた乳がんが再発せず、病魔との縁が切れますように」
かつて知恵袋やSNSで話題となった縁切り神社体験談のなかには、「参拝の翌週に彼氏の浮気が発覚して修羅場になり、破局した」「縁切りを願った親族が急死した」といった極端な言説が散見されます。しかし、臨床心理学的な見地からこの現象を解明すると、参拝という儀礼行為を通じて「本人が無意識のうちに抑圧していた違和感や別れの決意」が顕在化し、結果として無意識の行動(相手への厳しい追及や態度の変化)を引き起こして破局を早めている側面が極めて強いことが分かります。