父親の事業破綻による生活の激変に加え、芳根家にさらなる試練が訪れます。芳根京子が中学2年生(当時14歳)の時、手足に力が入らなくなり、歩行困難に陥る国指定の特定疾患ギラン・バレー症候群を発症したのです。一時は自力で起き上がることすら叶わず、学校生活の中断を余儀なくされる絶望的な状況でした。
この極限状態において、娘の心を決して折れさせなかったのが母親の千代美さんでした。病院への毎日の付き添いやリハビリの補助を献身的に行いながらも、母親は病室で一度たりとも涙を見せず、常に明るい笑顔と冗談で娘を励まし続けました。「病気に飲まれたら負け。必ず治るから大丈夫」という母の前向きな言葉が、少女だった芳根京子の恐怖を拭い去ったといいます。
約1年におよぶ過酷な闘病生活を乗り越え、奇跡的に後遺症もなく完全寛解を果たした背景には、母親の精神的な強烈な支えがありました。公式Instagramなどで時折公開される「母親との仲良し写真」には、顔立ちだけでなく天真爛漫な笑顔の遺伝がはっきりと見て取れます。芳根京子自身、テレビ番組の特番インタビューで「母の手料理と明るさがなければ、今の私は存在しない」と語っており、友達同士のようでありながら人生の絶対的な指針となる関係性が保たれています。