現代の教科書では、扇が見事に射抜かれ、敵味方が一体となって歓声を上げる美しい場面で区切られることが少なくありません。しかし、原作『平家物語』の「扇の的」には、その直後に極めて残酷で後味の悪い結末が描かれています。これこそが、軍記物語が内包する武士の冷厳な真実です。
扇が波間に散り、平家側は船端を叩いて感嘆し、源氏側は箙(えびら)を叩いてどよめきました。その武芸の美しさに感動した平家陣営から、年配(五十歳ほど)の武者が小舟の上に躍り出てきます。白柄の長刀を杖のように突きながら、扇のあった場所で歓喜のあまり舞を舞い始めました。
これを見た源義経は、側近の伊勢三郎義盛に命じます。「あの男も射よ」。
命を受けた那須与一は、再び弓を手に取り、今度は実戦用の尖った矢を番えました。そして、感動の舞を舞っていた丸腰の老武者の首骨を容赦なく射抜きます。武者は船底へ真っ逆さまに倒れ込み、静寂の後に平家陣営からは激しい怒号が巻き起こりました。平家側は「情けを知らぬ東夷(あずまえびす)どもめ!」と激怒して弓矢を射掛け、先ほどまでの風流な感動空間は一瞬にして血生臭い殺戮の戦場へと逆戻りしたのです。
なぜ義経は、武芸を称賛していた無抵抗の男を射殺させたのか。これには戦術的・政治的な2つの背景があります。第一に、義経にとって戦場は美談を演じる場ではなく、敵を殲滅するための空間に過ぎなかったという点です。敵が油断して隙を晒したならば、即座に命を奪うのが坂東武者の徹底した合理主義でした。第二に、「扇を射抜いた奇跡」で源氏に傾いた戦局の流れを、敵の歓喜の舞によって和らげさせず、冷徹な恐怖で平家を精神的に叩き潰す意図があったとされています。
この「男を射た背景」を知ることで、扇の的は単なる英雄譚ではなく、中世武士の残酷さと戦争の不条理を浮き彫りにした文学的傑作であることが浮き彫りになります。