知恵袋やSNSなどのコミュニティを観察すると、「飛んでいる矢は止まっている」という話題に対して、「見れば動いているのがわかる」「矢の前に立てば刺さるのだから動いている」といった直感的な反論が数多く見られます。しかし、哲学や論理学の観点から言えば、これらは反論として全く機能していません。
ゼノン自身も、現実世界で矢が標的へ向かって飛んでいく現象そのものを否定していたわけではありません。彼が問いかけたのは、「私たちが直感的に見ている『運動』という現象を、論理や理性で分解して説明しようとすると、矛盾が生じるのはなぜか」という概念の妥当性です。「目に見えているから動いている」と主張することは、ゼノンが仕掛けた「人間の知覚と論理的記述の乖離」という本質的な問いから目を背け、思考停止に陥っているに過ぎません。
また、「カメラのシャッタースピードが無限に速ければ止まって見えるだけ」という説明も散見されますが、これもピントがずれています。静止画を連続再生して動いているように見せる脳の錯覚現象(仮現運動)と、客観的な物体の物理的移動を混同しているためです。ゼノンを正しく論破するためには、感覚論ではなく、彼が設定した「時間と空間の分割」という土俵の上で論理の穴を突く必要があります。