東映時代劇の若きエースとして国民的アイドル的人気を誇っていた中村錦之助(当時)と、松竹のトップ女優として君臨していた有馬稲子。2人の馴れ初めは、1959年の東映映画『風と女と旅鴉』や内田吐夢監督の名作『浪花の恋の物語』での立て続けの共演でした。
スクリーン上での息の合った演技は実生活の恋愛へと急速に発展し、1961年11月に結婚。美男美女のビッグカップル誕生として日本中が沸き立ちました。しかし、華やかな披露宴の陰で、結婚生活は最初から暗雲が立ち込めていました。
破局に至った最大の要因は、歌舞伎界特有の旧弊な家族制度・親族関係と、自立した看板女優であった有馬稲子のキャリア意識との衝突でした。当時の証言資料や有馬の手記によると、錦之介の実母や周囲の関係者は「夫を一歩下がって立て、家庭と舞台裏の世話に専念する妻」を求めたのに対し、有馬は自身の映画出演や女優業を妥協しませんでした。多忙を極める2人の生活はすれ違いを極め、錦之介を取り巻く取り巻き連中や金銭管理を巡る価値観の相違も表面化。わずか約4年後の1965年に離婚が成立しました。