浅香光代さん(本名:北岡昭子)は1928年(昭和3年)2月20日、東京・神田の古道具屋の家に生まれました。幼少期から芸事への天分を見せ、わずか9歳で浅香新八郎劇団に弟子入り。これが彼女の波乱に満ちた女優人生の幕開けとなりました。厳しい修行に耐え抜いた後、1942年には弱冠14歳で「浅香光代一座」を結成し、座長として一座を率いる立場となります。
戦後の荒廃した日本において、浅香光代さんが巻き起こした旋風は凄まじいものがありました。当時、男性優位だった大衆演劇界において、女性が刀を握り大立回りを演じる「女剣劇」の第一人者として君臨。脚を大胆に見せる着物のスリットと激しい殺陣は観客のド肝を抜き、劇場前には連日長蛇の列ができました。「浅香光代の舞台を見なければ年を越せない」とまで言わしめた熱狂は、大衆のエネルギーそのものでした。
劇団解散後も活動の場を映画やテレビドラマへと広げ、映画『女囚さそり』シリーズなどの骨太な作品で強烈な存在感を発揮。後年には歯に衣着せぬ毒舌と情の深さを併せ持つ「江戸前の御意見番」としてバラエティ番組やワイドショーの主役に躍り出ることになります。どんな大物にも物怖じせず、理不尽には真っ向から怒りをぶつける姿勢は、幼少期から舞台の真ん中で孤独と戦い続けてきた叩き上げの矜持から生まれたものでした。