焼きまんじゅうのルーツをたどると、江戸時代末期の安政年間から文久年間(1850年代〜1860年代)に行き着きます。発祥には諸説ありますが、前橋の「原嶋屋総本家」の初代が生み出した説や、沼田地域で農家が食べていた味噌焼きが原型となった説などが広く知られています。
群馬県は古くから日照時間が長く、水はけの良い土壌と「からっ風」に恵まれ、全国有数の小麦の生産地として栄えてきました。農作業の合間やハレの日のごちそうとして、粉もの料理(うどんやおやき等)が日常的に作られていた背景があります。
当時の職人たちは、小麦粉にもち米の麹を使って「どぶろく(酒母)」を発酵種として生地を膨らませる製法を確立しました。イースト菌が普及していなかった時代に、酒種発酵によってふくよかな香りと軽やかな気泡を生み出したのです。そこに上州の特産品である味噌と貴重な甘味を組み合わせ、炭火で焦げ目をつけて提供したのが焼きまんじゅうの始まりでした。
明治から昭和にかけて養蚕業が全盛期を迎えると、製糸工場で働く女性たちや農家の人々の手軽で力強いエネルギー源として、爆発的に地域へ浸透していきました。