イチローが日米で歩んだ年俸の軌跡は、まさに右肩上がりの神話そのものだ。オリックス・ブルーウェーブに入団した1992年、推定年俸はわずか430万円。しかし、登録名を「イチロー」に変更し、首位打者と最多安打を獲得した1994年には一気に8000万円へと急浮上。その後、日本プロ野球史上最速ペースで1億円、5億円の大台を突破し、日本最高峰のバッターとして君臨した。
2001年にポスティングシステムを利用してシアトル・マリナーズへ移籍した際の契約は3年1400万ドル(当時のレートで年平均約4.6億〜5億円)。首位打者、盗塁王、ア・リーグMVP、新人王を独占する衝撃の1年目を経て、マリナーズは2003年オフに5年4400万ドルで契約を延長。さらに2007年には、当時の球界トップクラスとなる5年9000万ドル(年平均1800万ドル)という超メガ契約を結んだ。当時の為替レートで言えば年間約20億円近くに達し、これが名実ともにイチロー全盛期の最高年俸となったのである。
契約の裏側には、単なる打撃成績だけでなく、シアトルという都市全体の看板選手としての「絶対的な信頼」があった。年俸の一部を引退後に分割して受け取る「後払い(ディファード)」条項を盛り込むなど、球団の資金繰りや税金対策にも配慮した高度な契約交渉が交わされていた点も、トッププロとしてのスマートさを象徴している。