気象庁が毎年発表し、ニュースでも春の風物詩として大きく報じられる「春一番」。立春から春分までの間に、広い範囲で初めて吹く暖かく強い南寄りの風を指します。一見すると春の訪れを喜ぶ明るい言葉に思えますが、この言葉が生まれた背景には、53名もの命が奪われた悲痛な海難事故がありました。
時代は幕末の1859年(安政6年)旧暦2月13日。長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現在の壱岐市)の漁師たちが五島沖へ出漁していたところ、突如として猛烈な南風が吹き荒れ、船が転覆。53名が命を落とす大惨事となったのです。地元では、早春のこの時期に吹く危険な突風を「春一(はるいち)」あるいは「春一番」と呼び、海の男たちが命がけで警戒する恐怖の風として語り継いできました。
では、なぜ2月15日が「名付けの日」とされているのでしょうか。それは1963年(昭和38年)2月15日の朝日新聞朝刊に端を発します。同紙の気象記事において「春一番」という民間伝承の言葉が初めて活字として紹介され、全国的に認知されるきっかけとなりました。この報道を記念して制定されたのが「春一番名付けの日」です。今日では春の温もりを感じさせる代名詞となった言葉も、元を辿れば自然の猛威に対する先人たちの痛烈な教訓だったことが分かります。