戦後日本の混迷期に生まれた『人間失格』と、その数年後に上梓された『金閣寺』。この二作を読み解くことは、昭和文学が到達した二つの絶対的頂点を対峙させることに他ならない。
太宰治が『人間失格』で描いたのは、社会的仮面を剥ぎ取られた人間の生々しい弱さと哀愁だった。一方で三島由紀夫の『金閣寺』は、過剰なまでの美意識と観念論によって現実を構築し、破壊しようとする試みである。太宰が自己の破滅を告白の形で晒したのに対し、三島は圧倒的な文体で美の絶対性を打ち立てた。一見すると対極に位置する表現でありながら、両者が求めたのは「生きづらさ」からの自己解放だったと言えるだろう。